大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2607号 判決

控訴人 黒岩治太郎

被控訴人 柳沢要三郎 外六名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の本件仮処分決定取消の申立を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

控訴人は申立外松本保十、大塚晃、黒岩万太郎、安済清一、黒岩平治、山崎節男、神宮金一、高山米吉、篠原文雄、豊田正義とともに昭和三五年六月二四日前橋地方裁判所に対し、本件仮処分命令の対象である被控訴人等名義の株式を含む申立外浅白観光自動車株式会社発行の新株式(発行株数四、二〇〇株、発行価格一株につき五〇〇円、払込期日昭和三五年四月二八日まで)の発行無効訴訟を右会社を被告として提起した。(訴提起当時は勿論被控訴人等名義の株式はなく、又原告のうち篠原、豊田の両名はその後訴訟を取下げた。)右訴訟は前橋地方裁判所昭和三五年(ワ)第一五二号事件として審理継続中であるが、被控訴人七名は昭和三五年一〇月二五日右訴訟に「原告等は被告会社が昭和三五年四月二〇日の被告会社取締役会の決議に基き、同月二八日を払込期日と定めてなした新株の発行を無効として抗争している。然しながら、かくては右新株発行による新株式の譲受人たる各参加申出人等の被告会社株主たる地位は危殆に頻することは明らかである。被告会社の前記新株発行は適法かつ有効なものであり、参加申出人は何れも適法な右新株式の譲受人である。原被告間の判決の既判力は当然参加申出人等にも及び参加申出人等の株主たる権利はこれにより侵害される虞れがある。」ことを理由に「原告等の請求棄却」の判決を求めて参加したのである。そもそも起訴命令の趣旨は、本案訴訟により権利関係を確定させることによつて、保全処分による拘束から債務者を解放する途を与え、その正当な権利を保護しようとするところにある。そこで仮処分の本案訴訟となりうるためには、仮処分の被保全権利の終局的確定を招来するに役立つ手続でなければならず、このことから仮処分において被保全権利とされた権利関係と本案の手続における審判の対象たる権利関係との同一性が要請され、その同一性の存否については、当事者と請求の二面から考察、判断されていることは周知のとおりである。ところで右の権利関係の同一性が要請される理由は前述のような事由に由来するものであるから、それは二重起訴に関して論ぜられる請求の同一性とは異り、いささか緩く解され、「請求」の面においては、「仮処分の申立」における請求と本案の訴における請求とは、必ずしも完全に同一であることを要せず、いやしくも其の基礎が同一性を失わざる限り、彼此其の請求原因を異にするも敢て支障のないものであるとともに、当事者の同一性の要求は仮処分の多様性のために一貫されないことも生じ得るのである。いずれにしても本案訴訟における権利の終局的解決が当然に異る当事者に対する仮処分によつて引起された浮動的状態を除去し得る関係にあるときは、仮処分の本案訴訟といゝ得る。そこで前橋地方裁判所に係属している新株発行無効訴訟と本件仮処分命令との関係を前述の理論に当てはめてみると、「請求の面」では仮処分の被保全権利も本案手続における審判の対象たる権利関係も、ともに新株発行無効訴訟によつて顕現される同一の共益権に基くものであり、「当事者の面」においては、仮処分手続では新株所有者を、本案の手続では会社を各相手とすることになるが、新株発行無効訴訟の原告勝訴の確定判決は商法第二八〇条の一六、第一〇九条、第二八〇条の一七により対世的効力が認められ、新株を将来に向つて効力を失わしめ、第三者に対してもその効力を有するのであつて、まさに「本案における権利の終局的解決が、当然に異る当事者に対する仮処分によつて引起された浮動的状態を除去する関係にあり、」従つて当事者の同一性を欠いても、当該無効訴訟は本件仮処分命令の本案訴訟の適格を有することは疑いがないのである。従つて新株発行会社に対する訴訟とは別個に株式名義人に対して新株発行の無効を訴求する必要は毫もないのみならず、かゝる訴は許されず、株式名義人は当事者としての適格を欠くに至るのである。のみならず被控訴人等は本件仮処分事件の本案である新株発行無効訴訟の渦中において控訴人と輸えいを争つているのであるから、改めて別訴を提起する要は全くないのである。

と述べ、被控訴代理人において、

控訴人の新株発行無効訴訟が本件仮処分の本案訴訟に当るという主張はこれを争う。

と述べた外、原判決事実摘示(たゞし、原判決二枚目裏二行目に「仮処分決定を受けながら」とあるのは「仮処分決定を受けたが、被申立人は」の、原判決三枚目表一行目及び九枚目に、「新株発行無効確認請求訴訟」とあるのは「新株発行無効訴訟」の誤記と認め、右のとおりこれを訂正する。)のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

証拠〈省略〉

一、被控訴人主張の日にその主張の仮処分決定がなされたこと被控訴人主張の日に、その主張の本案起訴命令が発せられ、この命令が被控訴人主張の日に控訴人に送達されたこと、控訴人外八名が申立外浅白観光自動車株式会社を被告として前橋地方裁判所に新株発行無効訴訟を提起したことは当事者間に争いがなく、控訴人が右訴訟以外に本件仮処分命令の本案訴訟を提起していないことは控訴人の自認するところである。

二、そこで、右新株発行無効訴訟が本件仮処分命令の本案訴訟と解しうるか、否かについて考えるに、控訴人の本件仮処分命令の申請は控訴人が申立外浅白観光自動車株式会社の株主として有する控訴人主張の右会社の新株発行の無効請求権を被保全権利とするものであることは本件仮処分命令申請事件記録により明らかなところ、控訴人外八名が右のごとき権利に基き新株発行無効訴訟を右会社に対し提起していることは既に述べたところであるが、右訴訟における控訴人勝訴の確定判決は対世的効力を有し、右新株式の株主である被控訴人等第三者に対して、その効力を有し、新株式は将来に向つてその効力を失い、被控訴人等もその効力を争い得ないことは商法第二八〇条の一六、第一〇九条、第二八〇条の一七の規定によつて明らかなところである。又右訴訟における控訴人敗訴の確定判決には右のごとき対世的効力は認められないが、かゝる判決のあつたことを理由として、被控訴人等は事情変更による本件仮処分決定の取消を求めうるものである。従つて、右訴訟は被控訴人等を当事者とするものではないが、控訴人主張の被保全権利がその審理の対象となり、その訴訟の結果により右仮処分命令によつて被控訴人等にもたらされた浮動的状態は除去されうるものであるから、右訴訟をもつて本件仮処分の本案訴訟というに妨げないものである。のみならず、新株発行無効の訴は会社を被告としてのみ提起しうるのであつて、新株式の株主は右のごとき訴の当事者適格を有しないのであるから、本件仮処分の被保全権利に関する本案訴訟は必然的に会社を被告とする新株発行無効の訴とならざるを得ないのである。

三、してみると、控訴人が起訴命令に拘らず、本案訴訟を提起しなかつたことを理由として、本件仮処分決定を取消した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、被控訴人等の本件仮処分決定取消の申立を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 岡松行雄 今村三郎)

別紙 原判決の主文、事実および理由

主文

当裁判所が昭和三七年六月一二日被申立人申請人、申立人被申請人間の当裁判所昭和三七年(ヨ)第四六号仮処分命令申請事件についてなした仮処分決定は、これを取消す。

申立費用は被申立人の負担とする。

事実

申立人ら訴訟代理人は、主次第一項と同旨の判決を求め、その申立の原因として、

「申立人らは、昭和三七年六月一二日被申立人の申請にかかる主文記載の仮処分命令申請事件において、「被申請人らは別紙目録記載の株式を他に譲渡してはならない。別紙目録記載の株券に対する被申請人らの占有を解いて、申請人の委任する執行吏にこれを保管すべきことを命ずる。」旨の仮処分決定を受けながら、その本案訴訟を提起しなかつたので、同裁判所は、申立人岩本彰夫の申立により同年六月三〇日附決定をもつて、申立人大野清同酒井正一同玉井浅次郎の申立により同年七月一二日附決定をもつて、申立人柳沢要三郎同稲村喜三郎同肥後正樹の申立により同年七月一九日附決定をもつて、被申立人に対し右決定送達の日より一〇日内に本案訴訟を提起すべき旨命じ。右各決定は同年六月三〇日、同年七月一二日、同年七月一九日被申立人に各送達されたにもかかわらず、被申立人は右期間を徒過し未だ本案を提起しないので前記仮処分決定の取消を求めるため本申立におよんだ。」とのべ、被申立人の主張に対し、「昭和三五年六月二四日被申立人外八人が浅白観光自動車株式会社を被告として、当裁判所に新株発行無効確認請求訴訟を提起し、申立人等が該訴訟の補助参加人であることは認める。」とのべた。

被申立人訴訟代理人は、「本件申立はこれを却下する。申立費用は申立人の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「申立人主張の日に、その主張の仮処分命令申請事件において、その主張の仮処分決定がなされたこと、申立人主張の日に、その主張の本案提起命令が発せられ、この命令が申立人主張の日に、被申立人に送達されたことは認めるが、被申立人外八人は昭和三五年六月二四日当裁判所に、浅白観光自動車株式会社を被告として新株発行無効確認請求の本案訴訟を提起してあるから改めて別訴を提起するの要なく、本件取消の申立は失当である。」とのべ、申立人等は、右訴訟の補助参加人であると釈明した。

理由

申立人主張通り被申立人の申請による本件仮処分決定のあつたこと及びその主張通り起訴命令が発せられ、被申立人に送達されたことは被申立人の明らかに争わないところである。

被申立人外八人が浅白観光自動車株式会社を被告とした昭和三五年(ワ)第一五二号新株発行無効の訴が本件仮処分の本案訴訟であるかどうかにつき判断するに、元来当該仮処分の対象たる被保全権利と本案訴訟の訴訟物たる権利関係との同一性を要請されることは言うまでもないが、右仮処分申請における請求(被保全権利)と本案訴訟における請求とは必ずしも全然同一である必要はなく、いやしくもその請求の基礎の同一性を失なわない限り、右訴訟は当該仮処分の本案訴訟であるということができるけれども、請求の基礎の同一性は当事者の同一性を前提とすることは明らかであり、当事者を異にすれば当然請求の基礎の同一性を欠くことになると解するのを正当とするところ、これを本件に照せば、申立人等が右訴訟の補助参加人であることは、当事者間に争がなく、従つて申立人等は、該訴訟の当事者でないこと寔に明かであつて、本件仮処分に対応する本案訴訟があるとは認め難く、民事訴訟法第七四六条により仮処分の取消が許されるものと解すべきである。

仍つて、申立人らの本件申立は理由があるから、これを認容し、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

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